部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

ザ・コクピット(松本零士、小学館)

ザ・コクピット (1) (小学館文庫)

僕は新谷かおるの「エリア88」が好きである。高校時代に妹が、友達のお母さんから(示唆に富んだ非常に良い話だ)借りて来たのを読んだのがきっかけである。主人公のシンより、ボリス、グレッグ、フーバー、キャンベルといった脇役の死に様が格好良くて読んでいて興奮したものである。兄妹で読んで、「グレーッグ!」とか「マッコイマッコイ」とか意味不明な発言を叫んで母親に怒られていたのを思い出す。

ところでうちの父親は漫画を結構読んでいた。僕が買ってきた少年ジャンプを読んで「るろうに剣心だけだと辛いなジャンプは」とか「幽々白書は面白い」と言った感想を言うのでかなり漫画がすきなのだと思う。そこで、「エリア88」を薦めてみることにした。

「父さん、この『エリア88』って漫画面白いよ。読んでみたら?」

父曰く、
「それは松本零士の『ザ・コクピット』のパクリだからいらん。」

その数年後、大学生になって、量が多いけど出てくるのが遅い近所の蕎麦屋に行く途中に暇つぶし用漫画を物色していたときにこの父の言葉を思い出し、本屋で「ザ・コクピット」を買って蕎麦屋で読み、初めて父の言葉を理解した。パクリは言いすぎだが影響を受けている事は明らかだった*1。父さん、漫画読みの血はあなたから頂いたのですね。

さて、「ザ・コクピット」である。主に太平洋戦争に従軍した兵士が主人公の一話完結のオムニバス形式の物語である。やっぱり日本兵が主人公の話が多い。

で、戦争がテーマなせいもあるが、たいてい人が死ぬ。アメリカ軍の戦艦にロケットで特攻でして死んだり、重機関銃を持って洞窟にたてこもるが結局追い詰められて死んだり、日米の狙撃兵同士がお互いにライフルで狙撃して相撃ちで死んだり、とにかく沢山死ぬ。作者もあとがきで「戦争で死んだ人の、失われた可能性への涙として描いたつもりだ」と書いている。戦争は嫌です。

そんな決まりきったことはともかくとして、引き込まれるほどに、日本兵の死に様が格好良い。かなり危険である。死ぬと判っていても仲間のいる戦場へ戻るバイク乗りの話(「鉄の竜騎兵」)、本土空襲が行われている戦争末期に、命と引き換えにB-29を撃墜する兄弟の話(「成層圏戦闘機」)、特攻用ロケット「桜花」に乗って戦艦に体当たりするパイロットと、ロケットのために命がけで血路を開く仲間の話(「音速雷撃隊」)など。

死ぬのは誰でも嫌だけど、状況をどうにかするための選択肢に「自分が死ぬ事」があって、それを選んだ人の話は、自堕落な学生時代に読むと危険である。「自分にはこんな事はできるだろうか」と考えてしまって、結局無理だと思い至り、死後の事を想像して恐ろしくなるからである。

他人の為に死を選んだ人に思いを馳せてしまう。これは漫画だけど、同じように死んだ人は沢山いるはずである。僕が寮のベッドの中で想像した死後の世界のことをもっと意識してもっと恐怖して死んだ人たちが。さらに選択肢も無く死ぬしかなかった人たちを考え、巻き添えで死んだ一般の人を考えると、やはり戦争は駄目である。駄目だけどやっちゃうから、駄目なんだろう。

童貞でほとんど女性と交流がないまま戦死する人が多いのも泣ける。不細工で童貞の百姓の三男坊という、ヒーローでもなんでもない男達が、飛行機、戦艦、小銃といった男の浪漫を抱えて死んでいく。こういう話を描く松本零士は童貞の味方だと思う。

文庫だと最後の方は別シリーズのSFものの物語も入っているが、断然、初期の第2次世界大戦物の話が好きだ。

あと未来のある新米兵士達をぶん殴って出撃できないようにした後、最後の出撃に出るベテラン飛行士達の話(「黒衣の太陽」)も好きだし、鉄砲で魚を撃つ名人の少年が「この魚が俺に撃たれる事が運命であったならば、俺を撃つ運命の弾も世の中にあるのかもしれない」と考えて兵士になって、撃たれて死ぬ話(「消滅線雷撃」)も好きである。


シグルイとかが好きなボンクラの皆様には、これも読んで欲しい。これを面白く読むか、「つまんね」と思うかで漫画マニアになる素質があるかどうか図れると思う。

*1:新谷かおる松本零士の元アシスタントで、影響を受けた作品も多い事も後で知った。父の発言はそれを含めてのものだったと思われる