部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

いつも春のよう(あすなひろし、エンターブレイン)

いつも春のよう―Hiroshi Asuna memorial edition (Beam comix)

あすなひろしの漫画は、エンターブレインから復刻されたこのシリーズで知った。漫画マニアのつもりなので、みなもと太郎糸井重里の推薦文にグッと来て、新規開拓をしようと思ったのである。「青い空を、白い雲がかけてった」も買った。

表題作の「いつも春のよう」は、新しい町に転校してきた少年のイサムが、近所に住む女の子のハデ子と出会って、彼女の抱える悩み、悲しみに出会って一緒に悩んで、両親をはじめとした大人たちの手助けを借りてハデ子に親切にしていくうちに、ハデ子も心を開くようになる、というお話である。少年が人を思いやる事を知る、というなんか道徳の教科書みたいな話だが、散りばめられているギャグ要素(だいぶ古いけど)や、ハデ子が可愛いので良いと思った。

絵は線がきれいで古臭くない。シンプルなのに上手い絵である。ちばてつやとかジョージ秋山と同じにおいが少しだけする。作品によっては劇画なので古臭い感じはする。

イサムの両親は漫才のような掛け合いをしながら生活をしているがお互いを気遣っていることがとてもよく分かるステキ夫婦である。父親(息子からはトールと呼ばれる)の語り口に代表される、本当のことを語らずに本当に大事なことを伝える事が出来るのは、本当にきちんとした人間、大人だと思う。なのでトールは本当の意味でりっぱな大人だと思う。

で、勝手にだが、作者も多分立派な人だったんじゃないかと思えてならない。そこら辺は僕には知る由も無いので、作者が亡くなった時に寄せられた文章と文章を捧げた人の多さから想像するしかない。


で、他の作品は毛色が大分変わる。新宿のうらぶれた飲み屋に集うチンピラ、オカマ、ストリップ嬢、雑誌編集者、ベテラン刑事が織り成す人間ドラマとか、ラブホテルを営むチンピラと女の恋物語とか。


その中の「ラメのスウちゃん」がとても良い。不細工なキャバレー嬢のスウちゃんの恋物語だが、切ない。本当に切ない。最後のスウちゃんの、人生で一番好きになった恋人に見せるダンスが物凄く悲しい。あんまり悲しみを強調しない描き方なのに何か、ものすごく悲しい。「人間交差点」とテーマは似ているけど描きかたは対極にある気がする。


大竹しのぶ松尾スズキに、お芝居で演じて欲しいなあと思った。あとスウちゃん可愛いと思う。大人漫画だ。後10年たってから読んだらもっと面白い気がする。


人間ドラマを「ほら悲しいだろう泣けよここ泣くポイントですよ」みたいな風にわざと強調しなくても悲しく描けるのはものすごい才能であると思う。実際、本当に悲しいのは愁嘆場でなく、数十年経った後のラストシーンなのである。おばさんが店の暖簾をしまう。外は雪の夜。その背中がものすごく切ない。こんなの描けない。天才しか描けない。


都会のうらぶれた人々の悲哀を描くドラマはよくあるが、この人は別にストリップ嬢を登場人物に出してもストリップ嬢の悲しさとかは描かない。チンピラだから悲しい、というような物語ではない。強いて言えば、人間だから悲しい、という物語を描いている。そしたら、これ文学じゃないかとか思ってしまった。だから「伝説の漫画家」と呼ばれるのか。未来にのこすべき文化財だと思う。