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部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

「木乃伊」と「考える人」

所属している合唱団で、現在「木乃伊」という合唱曲を練習しています。高田三郎*1作曲の男声合唱組曲「野分」の中の1曲です。
作詩は井上靖です。


井上靖といえば小説しか知らなかったのですが、楽譜に記されている高田三郎の楽譜ではおなじみの「演奏上の注意」によると、「地中海」という詩集に収められている詩であるとの事です。

ちなみにどういう詩かというと、『私』が東北の小さな町の中にある寺に、木乃伊仏(即身仏の事だと思われます)を見に行く、というものです。
木乃伊を見ながら『私』は「聖(ひじり)よ、師よ、叔父よ、歳月よ、死よ、一個の流木よ」と口に出します。当たり前ですが木乃伊からは何の返事もありません。
次に『私』は「私よ、私自身よ、凍結せる錯誤よ。」と口に出します。そのとき木乃伊は壊れかかった眉を上げた、おしまい。
という詩です。

あと、木乃伊は「ミイラ」と読みます。念のため。

初めて聞いた時は大変地味で難解な曲だなあと思ったのですが、歌っていくうちに美しい旋律と詩が融合した世界にはまりました。

で、さらに理解を深めるべく色々調べることにしました。一番気になるのは、何故『私』は木乃伊を見て「凍結せる錯誤」と言ったかという事です。観光ガイドや史跡紹介に書いてあったり、見たままの言葉「聖、師、叔父、歳月、死、一個の流木」ではなく、『私』と通じるものを木乃伊から感じたのだと思います。私と同じく、本当の事に気付く事がないまま木乃伊になって「凍結」してしまったから、とか考えますがやはり分かりません。

そこで調べたところ、井上靖が「木乃伊」という詩を書いた同時期に書いた、「考える人」という短編小説がある事がわかりました。
今は収録されている本は入手しづらいようなのですが、最近ちくま文庫から出ている「名短編、ここにあり」という短編集に入っている事がわかり、早速購入して読んでみました。

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

読んでみると、「木乃伊」と非常に共通するものがあります。あらすじは新聞記者が東北に木乃伊を取材しに行くというものです。ちなみに井上靖も新聞記者出身という事ですのでもしかしたら実体験によるものなのかもしれません。

詩に出てくる
「木乃伊は若い学者たちの手によって冠を取られ着衣は剥がされ全裸の姿で椅子に腰掛けさせられていた」
「対面という言葉の持つもっとも正しい意味において私は今200年前に生きていた一人の人物と対面しているのであった」

とかなり似た記述が出てくる事と、あらすじが似ていることから、詩と小説の関連は大変に深い(どちらかが参考になって作られているとか)と想像します。

さて、「木乃伊」と「考える人」の共通点から推測される事や分かった事は以下の通りです。

・「東北の小さな町」は山形県酒田市と思われる
・「町中の寺」は海向寺(即身仏が現存する実在のお寺)と思われる
・山形県にある即身仏は、地元の貧しい出自の人間が殺人など重い犯罪を犯して寺に逃げ込み、そのまま出家して修行を積んだ後なったものがほとんどである

小説の中では主人公の記者と取材に同行する男たち4人が推測するという形で、主人公が昔見た弘海上人という即身仏の人生が語られます。貧しい東北の村に生まれ、若い時にちょっとしたはずみで人を殺してしまい、逮捕されるのを逃れるために寺に駆け込んで出家し、成り行きで即身仏になるための修行を積むことになってしまい、死にたくなかったけど木乃伊になってしまった、と語られます。

この事から、少なくとも木乃伊は高貴であったり徳の高い立派な人ではなく、そこら辺にいる自分たちと同じ普通の人だった、と作者は考えていたのではと想像します。そうすると「私よ、私自身よ」に納得が行きます。

ああしかし、「凍結せる錯誤」はやはりわかりません。ただ、高田三郎も「演奏上の注意」に演奏のポイントを記した後に「これらを含む最大限の努力を払った後、『凍結せる錯誤』は『生きている錯誤』に対して眉を上げるであろうか。」と書いています。より良い演奏するための努力はこれからも必要と思われます。

あと、詳細は書きませんがこの小説の結末と、動くはずの無い木乃伊の眉がわずかに動くという詩の結末は、ちょっと不思議な可笑しみという点で似ています。そしてそれは高田三郎の他の作品(『ひたすらな道』とか)と似ているようにも思えます。

それから、これらを調べる中で即身仏は弥勒信仰によるもの(56億7千万年後に地上に弥勒が現れた時に手助けできるように木乃伊になって時を待つ)という事を知り、大変興味深かったです。
また、「考える人」を読むために買った「名短編、ここにあり」に入っている吉村昭の「少女架刑」という短編が大変面白かったこと、井上靖が同時期に書いた「補陀落渡海記」が大変面白いらしいということがわかり、大変収穫がありました。ネットのおかげだなー。

ではー。

*1:当然ですが正式表記は「郄田三郎」です