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部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

戦中派不戦日記(山田風太郎、講談社)

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)

小樽の実家には、父が学生時代から買い集めた沢山の小説が書庫に収められています(ただし最近父が手に取っている形跡は見られませんが・・・)。若いころは全く興味が無かったのですが、最近になって「お、司馬遼太郎の『王城の護衛者』あるじゃん借りてこー」とか「おお、開高健の『ベトナム戦記』がある!借りよう」という調子で東京まで持ってきております。

さて、そんな調子で父の書庫から借りてきた本の中の一冊が山田風太郎「戦中派不戦日記」です。
1922年生まれの山田風太郎は太平洋戦争の終戦の年である昭和20年(1945年)には23歳で、旧制東京医学専門学校(後の東京医科大学)の学生で東京の目黒に下宿していたそうです。
その、本名、山田誠也さんが1945年の1月から12月の間に書いていた日記です。

本書の特徴ですが、口語体と文語体が入り混じっています。これについては作者も「まえがき」で断っていますが、

それから、現在、当時の私と同年齢にある人が、当時の青年はだれもがこんな文語体で書いたのかと思われるかもしれないが、やはり当時としても現代同様の口語体で書く若い人の方が普通であったと思う。

だそうです。また、「あとがき」には

当然年齢相応の、青くさい、稚拙な、そのくせショッた、ひとさまから見れば噴飯物の観察や意見もある。特に自分でも閉口するのは、中に妙な小説がかった書き方をした部分である。

とあります。後から公開する事を想定していない23歳の青年が書いた日記ですので、色々と若気の至りがあったのだろうと思われます。
そしてわが身に置き換えて、若いころに書いた日記やブログ記事を読み直して人様に公開するなんて事になったら、「うへーやめてくれー」と思ってしまいます。

が、時代はともあれ目黒に下宿している23歳の若者が見聞きしたり考えた事が書かれた日記です。現代の青年だったらブログやfacebooktwitterにしたためていたかもしれない、当時の状況や心境をリアルタイムに記しているという事で、非常に興味深いです。
例えば2011年3月11日に起きた東日本大震災を身近に体験した人のブログやtwitterアカウントがあったら、どんな経験をしたのか、どう考えたのか、という事を知りたくて読んでみたくなると思います(実際私はそういう人が書いた文章を沢山探したものでした)。

若き山田風太郎が敢えて文語体で書いている事もありサクサクという訳にはいかなかったのですが、その当時に東京で暮らしていた23歳の青年の日記として、面白く読む事が出来ました。

日記の内容は、1945年1月から3月にかけては戦時中の生活の大変さ(空襲警報が多発する、食べ物や物資が無い、銭湯は大混雑でお湯が汚いしぬるいし盗難が多発する)や、学生生活の様子(試験勉強してなかった数学の試験直前に空襲が起きたので試験が無くなり喜ぶ)など、戦時下という異常事態ではあるもののその中での日常生活の描写が中心となっています。

が、3月に入って東京大空襲が起きてB-29によって東京の街が焼け野原になっていき、5月にはとうとう居住地である目黒が焼け出され、近隣住民と必死に火を消そうとするがどうしようも無くなって命からがら避難する様が書かれています(その一方で『一緒に消火活動している女の子がかわいい』というような若者らしい感想もちゃんと書いてたりします)。このくだりは当事者ならではの臨場感のある描写となっています。

そして、時間の経過による作者の心境の変化がわかるのも非常に興味深いです。年初はまだ比較的のんびりしていますが、空襲を自身が体験し、沖縄本島に米軍が上陸してついに本土決戦が近いという空気に世間が変わっていく中で「本土決戦で国民が敵を一人でも殺さなくては、たとえ勝てなくても日本人が一人残らず死ぬまで戦い続ける事で後世に記録が残る」というように思い詰めていく様が書かれています。そして終戦を迎えてショックを受けながらも淡々と少しづつ事実を受け止めていく様子も見る事が出来、当時の青年の心境が克明に記されて、かつそれが身近に感じられるというのは物凄く貴重な事だと思いました。

以前、独ソ線を戦った旧ソ連の女性達の証言を集めた「戦争は女の顔をしていない」という本を読んだ時にも感じましたが、戦時下で敵の脅威が祖国に迫っている、という非常に追い詰められた状態に陥ったら普通の人達も危険を顧みず戦う事を選ぶ(国家による教育の成果ももちろんあると思いますが)のだなあと感じました。
ちなみに「戦争は女の顔をしていない」はとびきり凄い本ですので一読をお勧めします。

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)


それから、山田青年も日本のために戦うぞ!と決意を固めた中やってくる米軍のB-29の爆撃が、物理的にも精神的にもいかに効果的な攻撃だったかが、山田青年や周りの人たちの被害、心境から感じられました。戦う決意を固めても、高空を飛んでやってくる爆撃機には一般市民はどうする事も出来ません。制空権と制海権が無くなった国家は本当に悲惨な事になるものだと改めて感じました。
東京が爆撃で首都として機能しなくなって、広島と長崎に原子爆弾が落とされて(どうやら長崎については当時は知りえなかったような記述になっていますが)、さらにドイツが降伏したというニュースが流れ、ソ連が参戦するというニュースが流れていく中、戦う決意をした人々がだんだん追い詰められていく様が非常に生々しいです。

もう一つ、これは「戦争中の暮しの記録」を読んでいても感じるのですが、昭和20年の日本人の行動、考え方は現代の日本人とそんなに相違が無いように感じられました。
例を挙げると、

  • 戦争の末期に日本政府がソ連に米国への仲介を頼もうとしているというニュースに接して「そんな事頼んだって上手く行く訳ねーだろ」という感想を持つ
  • 終戦後に当時の首相だった東条英機が、ドイツにおけるヒトラーのように悪の張本人であるように宣伝するアメリカの報道機関におもねる様に同調する日本の新聞や世論に対して、「大抵の日本人は東条は一軍人に過ぎないと考えているが、敗戦の責任を押し付けるために敢えて否定していないように思える。むしろ犠牲者ではなかろうか」と考えている
  • 戦時中は学生に厳しく軍事教練をしていた教官が敗戦後は学生から嘲笑されている様はやりきれないが気持ちはわかるなあと考えたりする

というような事が書いてあります。あと、教科書で習った戦時中の暮らしにガス、水道、自動車といった近代的なインフラが登場しないのは、全て軍事用に回されて無くなってしまっただけであって既に整備されていた事にも思い当たりました(さすがにインターネットは無いですが・・・)。地方はどうだったのか分かりませんが、都市部に住む人の生活様式、考え方は現代とさほど違わなかったのではないか、と思うようになりました。
なので、もし戦時中にはてなブックマークtwitterがあったらこういう意見が出てそうな気がします。そして今で言うネット右翼的な思考の人も勿論いて、喜んで国家に従っていた事だったろうと思います。72年前はそう遠くない過去だと思えました。
そして、当時の日本人も現在と同じ考え方を持った現代人だったとすると、「今、同じ事態になったら当時と同じ事が繰り返されるだろう」と思わずにはいられないのでした*1

その他、天皇を往来で批判したら張り倒されるような空気が終戦後に全く無くなったり、とは言え天皇が映画館で写ると皆今までの習慣で脱帽の上起立してしまったり、戦争末期の学生は割とフランクに「特攻隊に行くぜ!」と考えていたようだったり、都内の電車は当時から超満員だったとか、当時の空気が感じられる、とにかく貴重な記録であると感じました。

という事でブログやSNSに自分の日記や意見をしたためる事が一般的になった今の時代に合う、とても身近に感じられる読み物だと思いました。

なお、「戦争はとにかく悲惨で二度と繰り返したらだめ!」というような論調で悲惨さを強調するものは読んでいて非常にしんどくなるので手が出ませんでしたが、淡々と当時の記録が記されている書物というのはとても興味深く読めると最近思います。そう遠くは無い過去の出来事とはいえ、今の日本人に太平洋戦争の事を伝えていくためにはこれまでと語り口を変えないといかんのではなかろうか、と劇場版「この世界の片隅に」を観たり「夕凪の街 桜の国」を読んだりしてぼんやり思いつつ、次は「戦争中の暮しの記録」に手を出すのでした。

戦争中の暮しの記録―保存版

戦争中の暮しの記録―保存版



ではー。

*1:ただし今のほうが良いなあと思ったのは、役所や警察、鉄道といった公共機関の職員が、当時は非常に横柄だったという事です。今はそういう人は大分いなくなったと思います