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部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~(原作:宮崎 克、漫画:吉本浩二、秋田書店)


数年前に秋田書店から出る漫画でやたらブラック・ジャック関連のものが多いなあと思っていた際に見つけ、あまり興味ないなあと思っていたのですが、本作品が原作のテレビドラマが放映された際、手塚治虫のご息女であるところの手塚るみ子さんがTwitterで「原作漫画はもっとグッときますから!」と投稿していたのを読んで興味を持ち、買ってみたものです。

本作品、題名はブラック・ジャック創作秘話」ではありますが、担当編集者、手塚プロダクション社員、かつてアシスタントをしていた漫画家等、関係者への聞き取り取材に基づいた手塚治虫の自伝的な作品となっており、別にブラック・ジャックについてだけの漫画、という訳ではありません。

じゃあ期待外れで面白くないのかというと、すごく面白かったのでした。とりわけ第一話がこの作品の魅力を伝えていると思います。
締切がギリギリなのに「面白くないから」という理由で新しく「ブラック・ジャック」の原稿を書き直す手塚治虫、頭を抱える担当編集者、それ電話で聞いて激怒する秋田書店の「週刊少年チャンピオン」の名物編集長「カベさん」こと壁村耐三が、関係者の思い出話として登場します(「さんてつ」、「カツシン」、「寂しいのはアンタだけじゃない」等、他の吉本浩二作品と同様に本作品も丁寧な関係者への聞き取りを元に描かれているようです)。
「8時間で完成させるから待ってろ」と言って作業部屋に篭り汗にまみれて必死に漫画を描く手塚治虫、電話口で激怒しながらも「手塚が8時間で描くと言ってるんだから待ってろ!」と社内で調整をしながら待つカベさんがアツいです。そしてきっかり8時間で仕上げて「来週は頑張ります」とニッコリ笑って原稿を渡された事を、懐かしく思い出す編集者が描かれます。

その他、

  • 原稿を仕上げずにアメリカに出かけてしまい案の定締め切りがギリギリの事態になり、国際電話で口頭でアシスタントに指示を与え、帰国直後に空港近くのホテルで必死に原稿を仕上げる
  • 原稿を仕上げずに地方の旅館に逃亡したのがバレて旅館で各出版社の原稿を仕上げる事態になり、学生だった松本零士に手伝って貰いながらなんとか仕上げる

など、アシスタントや編集者が振り回されて大変な目に遭うエピソードが紹介されますが、思い出を語る当事者達はとても楽しそうです。

この作品にもアシスタントとして登場する漫画家の坂口尚は、手塚治虫が亡くなった後に追悼作品として「星の界(ほしのよ)」という作品を残しています。これがまたSF作品でとても素敵な余韻を残す漫画なのですが、作品の最後に登場人物である宇宙飛行士が

巨きな恒星に出合った!
その光は新しい世界を照らし出すだろう
おれ達はその光と熱を浴びたんだよ・・・

と語ります。
坂口尚含めた当時の関係者達はまさにこのような気持ちだったんではないかと思ったものでした。

なお、「星の界」は坂口尚の「VERSION」という作品の、講談社漫画文庫判でしか現状は市販されていないと思います。なかなか手に入れづらいですが一読をお勧めします。

VERSION(下) (講談社漫画文庫)

VERSION(下) (講談社漫画文庫)


さて、「ブラック・ジャック~」についてですが、他には晩年、死の床にありながらも新しい作品の構想を考えながら指示を出していた手塚治虫の事を、マネージャーだった松谷孝征さん(現手塚プロダクション社長)が、当時の手帳(びっしりと今後のスケジュールや指示が書かれている)を見返しながら語る場面があります。
この作品は一貫して手塚治虫の姿が、ベレー帽をかぶって鼻が出ている、ふっくらした姿で描かれています(息子の手塚眞が『父に似ていないのになぜこの姿なんですか?』と作者に聞いた後『私の顔もこれでお願いします』と頼む場面もあります)。
いろんな人がイメージする手塚治虫を体現した姿として描いたと思うのですが、この場面だけは、病院のベッドに横たわる、痩せた老人(ただし眼だけは輝いている)として描かれています。それでも楽しそうに、これまでの人生と孫悟空について語る手塚治虫を思い出し、「イヤだねこの頃の話は・・・」と語りながら手帳を閉じる松谷氏の姿はとても印象的です。

手塚治虫の一連のエピソードは研究者によって既にさまざまな文献が書かれておりこの作品もそれに類するものではあるのですが、それはそれとして漫画作品として、破天荒な実在の人物の事を丁寧に描いたおもしろい漫画として十分に楽しめるので大変おすすめです。

では。