部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

灼眼のシャナ(高橋 弥七郎、メディアワークス)

灼眼のシャナ (電撃文庫)

灼眼のシャナ (電撃文庫)

というわけで「灼眼のシャナ」ですよ。ついに僕も巷で話題(遅いが)のライトノベルに手を出してしまいました。

突然現れた化け物に襲われた、なんでもない高校生男子の悠二が、謎の少女シャナに助けられて始まる「奇妙な学園ストーリー!(文庫カバーの説明文より)」なのですが、うん、これは確かに面白かったです。化け物の描写も凝っていたし、シャナのツンデレぶりも噂どおりでした。

しかし、僕が中学校、高校時代に読んでいた折原みと(妹が友達から借りてきた)の「アナトゥール聖伝」シリーズとか、角川スニーカー文庫とか、「星界の紋章」、あるいはアニメで言うなら「不思議の海のナディア」、漫画で言うなら「ああっ女神さまっ」などと同様で、

  • なんのとりえもない男の子(あるいは女の子)が
  • 魔法とか超常現象とか、とにかく何か特別な力を持つ女の子(あるいは男の子)と出会い
  • 非日常的な冒険をすることになる
  • あと何故か相手が自分のことを好きになる

という王道パターン*1を踏襲しています。本作品もそれにアレンジが加わったものだと思います。

好きですけどね。絵も好みだし、シャナが現れて冒険に出かける悠二が自分だったら、と思うとわくわくします。

しかしシャナは現実には来ることもなく中学校、高校生活は終わります。ライトノベル、ジュブナイル、冒険小説、何でもいいですがこれらに出てくる青少年ではなくなる日が来ます。ライトノベル大好きな青少年には、これでは駄目だ、と思う日が必ず来ます。その時に卒業するか、現実から眼を逸らしてこの居心地の良い世界観に浸り続けるかが分岐点です。そして僕は前者を選ぶべきだと思います。

こういう本、漫画、アニメは大好きですし僕の原点でもありますが、これだけではいけません。もっと何か読んだ方が良いです。岩泉舞の「七つの海」とか、吉村昭の「羆嵐」とか、沢木耕太郎の「テロルの決算」とか(何故)。

オタクのおっさんが勝手に偉そうなことを言っているだけです。失礼しました。
ではー。

*1:これは研究者の間で「なんとかパターン」みたいな定義があるのでしょうか