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部屋を掃除したら漫画が沢山出てきたので書く日記

漫画とか合唱とかUNIXとかLinuxとかについて書く日記です。

Tokyo Cantat 2009(2009年5月3日、於:すみだトリフォニーホール) その2

その1
http://d.hatena.ne.jp/bata64/20090505/1241529812

の続きです。各トピックスについて、細かく書いてみたいと思います。

1.マエストロが前日に倒れた

コンサート本番前日の5月2日に直前練習を行ったのですが、練習会場に行くと副団長Fさんから、我らがマエストロ中館伸一先生が急病で練習に来られない、練習責任者Oさんが現在マエストロ宅にお邪魔し指揮のポイントについて手ほどきを受けているところだ、と聞きました。

遅れて団長も到着したので協議し、

  • 今日の練習は練習責任者主体で進める事
  • 本番もマエストロは指揮できない前提で対策を打つ事

を確認しました。

その後、ピアニストの遠藤先生と、マエストロ宅から練習会場に到着したOさんと、「最悪僕が指揮しても良いですよ」との申し出をしてくれた学生団員で某大学の合唱団で指揮をしているT君に練習を進めて貰い、当日は以下の方針で演奏をしようと言うことにしました。

「遠藤先生にピアノで合唱をリードして貰い、指揮者無しで演奏し、指揮が必要なポイント毎にOさんまたはT君が指示を出す」

ポイント毎の指揮にしたのは、手ほどきをうけたOさんがソプラノソロを歌う曲があり指揮を全てするのは難しいことと、1日で全ての指揮をマスターするのはOさんもT君も困難であるためで、苦肉の策です。

この方針できちんと演奏できるように繰り返し曲を通し、指示が必要そうなポイントが見つかれば指示の仕方を協議し、さらに4月の合宿の際にマエストロが指揮して演奏した際の録音をOさんがローランド製リニアPCMレコーダー(EDIROL R-09)を再生してイヤホンで聴きながら演奏の仕方について指示を出す、という形で練習し、当日に臨む事にしました。


練習終了後にマエストロに団長から電話をしたところ、やはり当日の指揮が出来る状態ではないとの事でした。Tokyo Cantatの主催である21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」にはマエストロに連絡を入れて頂き、代役を立てるべきか、指揮無しで演奏するかどうかを相談していただくこととしました。麗鳴に入団して7年経ちますが、これまでにない緊急事態です。やばいなーとか言いながら家に帰りました。

2.協議の結果作曲者の湯山昭先生が代役(!)で指揮

翌日の5月3日本番当日、会場に向かう途中で団員の方から「今日は大変なことになったが頑張ろう」とメールが来たので何のことだろうと思ってメールを見てみたら、団長とマエストロから団員メーリングリストに投稿があり、

「音楽樹の方の取り計らいで今日は湯山昭先生が代わりに指揮をします」

と連絡がありました。

代役が作曲者!?しかも湯山昭先生!?「ゆうやけの歌」の!!?
サイン貰うために自宅の地下にしまってあるカワイ合唱文庫「河童とゆうやけ」の楽譜を持ってくれば良かった、とか考えました。凄い事になりました。
ちなみに携帯でmixi見ていたら忌野清志郎さん死去の報せがあり、それでかなり混乱していたのですがさらに混乱してしまいました。

会場に到着して団長や他の人にも話を聞いてみました。どうやら栗山文昭先生が直接、湯山昭先生に5月2日深夜に自宅に電話して出演交渉をしたそうです。朝から色々連絡とか大変だった、と団長が言っていました。「コタンの歌」の指揮代役どうしよう、という時に作曲者を引っ張り出せる栗山先生は凄い、と思ってしまいました。

朝からのリハーサルで湯山先生と合流し演奏について確認することになりました。団員みんな緊張して湯山先生を待っておりました。

3.湯山先生はいい人だったがサイン貰い損ねた

ステージリハーサルのためにステージに上がると、客席最前列に座っていた、黒い服を着た年配の方がステージに上ってきました。湯山昭先生です。団長とピアニストの遠藤さんが挨拶をすると軽く会釈して指揮台に上りました。ぱっと見、かなり厳ついです。怖い人だったらどうしよう、と団員一同身を固くしておりました。

指揮台に上って湯山先生の第一声は、
「こんにちは湯山です」
「昨日は25時に起こされました。熟睡してたんだけどねえ、びっくりしたよ」
「コタンの歌は久しぶりです。よろしくお願いします」
でした。ああなんか優しそうだ、と思いました。

その後とりあえず通してみる事にしました。湯山昭先生の指揮で「コタンの歌」を歌う、この機会はたぶん二度と無いだろうなあとか思いながら歌いましたが、やはり緊張して初めは上手く歌えませんでした。

指摘されて覚えているのは以下の通りです。

  • アクセント記号のある箇所でもっとはっきりアクセントをつける
  • 女声もっと大きく
  • 「ムックリの歌」のピアノ間奏は雨の音
  • 日本の北方にいたアイヌ征夷大将軍によって北海道に追いやられた。その悲しみを「ムックリの歌」で表現して欲しい
  • 「パナンペ・ペナンペのリムセ(輪舞)」は土俗的、呪術的な表現を
  • 105小節のテンポプリモで溜める

ステージリハーサルが終わり、その後別室にて練習を行うことにしました。練習室は本来は各団体が声出しや練習に使えるための部屋だったのですが、以下のような貼り紙が貼られ、麗鳴の練習専用にさせていただきました。申し訳ない・・・。

ここで細かい練習を行いました。そこでは以下のような発言がありました。

「ピアニストさん素晴らしいね。お名前は?遠藤さんですか」
「この合唱団、名前なんて言うの?麗鳴?最近合唱には疎くてねー」
「この合唱団はなかなか良いね。(コタンの歌の指揮が久しぶりなので)私が一番練習しないと駄目だね」
うーん大変ありがたいお言葉。

ここで団員O君が「切るところ分かりづらいのではっきり指揮して欲しいんですけど」と発言して団長以下役員が一瞬凍り付きましたが、湯山先生は「そうですか、じゃあここで切るようにしましょう」と普通に返してくれました。なんか普通にいい人です。

練習が終了し、昼食をとり、いよいよ本番です。

ちなみに会場には以下のような貼り紙が出ておりました。

4.演奏は会場の広さに初め萎縮したものの頑張った

本番のためにステージ袖に待機している際に、司会の竹下景子さんを見かけました。みんな「小さい」「綺麗だ」「三択の女王だ」とか話しておりました。そんなことを話している内に本番の時間となりステージに入場しました。

竹下景子さんのアナウンスで、マエストロが欠席で湯山昭先生が指揮する旨告げられると会場からなんとも言えないどよめきが生じました。

指揮者、ピアニストが次いで入場し、演奏が始まりました。

会場のすみだトリフォニー大ホールは非常に広く、かつお客さんもかなり入っていたので第一声であまり響きが感じられませんでした。周りの声もあまり聞こえません。少々ビビリましたが毎回そういうパターンは慣れているので頑張って歌いました。とはいえかなり力んでいたと思います。

ソプラノソロや女声がかなり聞こえてきて健闘しているなあと思いました。

最後の曲「パナンペ・ペナンペのリムセ(輪舞)」ではようやっと声が思い通りに出せた気がします。最後、実はピアノと指揮が合っていませんでした。急造だから仕方ありません。しかし合唱は歌いきりました。ここで前日の「指揮者無しで歌う練習」が活きたように感じます。

演奏が終わって湯山先生から「いやーきちんと演奏できて良かったね」と言われました。本当に良かったです。

おまけ.美しい訣れの朝でボロ泣き

演奏前に他団体の演奏が聴けたのですが、中田喜直作曲の「美しい訣れの朝」を演奏している団体があって、聴いていて泣いてしまいました。詩の内容が夫を置いて病気で死ぬ妻の独白だったので身につまされてしまいました。いや別に奥さん死ぬ予定はまだありませんけども。いやー良い曲です。この曲は、ある程度の年齢の女声合唱団が歌ってこそ真価がありますね。高校生でやっても色々と駄目な気がします(うちの奥さんは高校時代に歌ったらしいですが)。


と言うわけで色々ありましたが大変有意義なイベントでした。ゆっくりできませんでしたがイベント自体も凄いので、来年も出れたら良いなあと思います。麗鳴にお話が来るかはまた別の話でしょうけども。

ではー。